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Home インタビュー プロデューサー Nano Universe 姉川氏、ロングインタビュー Vol.1

Nano Universe 姉川氏、ロングインタビュー Vol.1

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姉川氏ー 大阪生まれの岐阜育ち。高校卒業後、名古屋のインテリア専門学校で内装設計関係の仕事を目指していたのですが、その一方、当時の DC ブランドを販売するアルバイトをし、洋服のことを少しずつ企業の立場として知るようになり、現場の楽しさを感じ始めていました。

建築関係の会社も内定は決まって、その会社の旅行にも参加させて頂いたのくらいなのですが、父親がアパレルの仕事もしていた影響もあり、アパレルへの仕事の道を選択することにしました。

 


ーどのようなアパレルキャリアを歩まれてきたのでしょうか?

姉川氏 最初に入社した会社というのが、当時、岐阜PARCOにショップを持つ個人商店(㈲J.B .ボイス)に就職。そこで扱うブランドはマサキ・マツシマ、ドルチェ&ガッバーナ、フィッチェなど、今思えば異色なセレクトショップで働いていました。(笑)

後に、名古屋PARCOで株式会社テット・オムの販売代行の店長として就任しましたが、当時、厳しかった売上を大きく伸ばすことに成功した経験などをしているうちに、自分自身のセレクトショップを始めたいという思いが大きくなりました。

そこで、当時の樋口社長に申し出てみたところ、「やってみたら」と後押ししてくださって、岐阜で12坪程度の小さな店を借りていただき、セレクトショップをスタートしたのです。

ショップ内装は、インテリア専門学校で得た知識や友人の協力で、什器、看板、塗装等、1ヶ月近く費やし、手作りで内装を施しました。その頃から、ドメスティックブランドを中心に商品を買い集めるバイヤーを始め、売上は0に近い状態のスタートでしたが、本格的にセレクトショップのノウハウを集積した時代です。

時には、雑誌を見て商品の問い合わせをしたり、展示会の合間にお店を周り、飛び込みで商品の卸をお願いしたりしたこともありました。

ショップの売上も徐々に上がっていく中で、アンダーカバーやエイプ、グッドイナフなどの「裏原宿ブランド」と言われるメンズブランドが当時のブームを起こしていましたが、それらのブランドは、昔から地場で商売される会社でしか取り扱いが出来なかったので、自分は、その切り口の側面の部分から、自然に「どのようなセレクトをしたら良いか?」をひたすら考えてショップ作りに励んできました。

裏原宿系のショップの商品が入荷したら行列ができ、完売するというような状況を近くで垣間見ながら、羨ましいと思う反面、自分たちは少しずつ、目の前のお客さまとコミュニケーションを取りながら、物を売っていくことを地道に勉強してきたんです。

試行錯誤、商品買い付けとショップを運営している最中に、今現在、ナノ・ユニバース社長である藤田と商品を通じて知り合いました。

藤田自身は当時、お店はまだ無く自社ブランドの卸会社を営んでおり、その商品を私が買い付けていたのが出会ったきっかけです。当時は5、6ブランドほど作っていて、そのほとんどを自分たちが取り扱いさせていただくという中で、地方の一人のバイヤーとして深く関係を持つようになったというところです。

後に、「ナノ・ユニバース渋谷店(1号店)のオープンを決めたから、上京し会社に来てほしい」という誘いもありましたが、その時には、ご一緒できませんでした。

その後、当時自分がいた会社も辞め、個人の仕事として名古屋でファッションショーやヘアーショーイベントを開催していたのですが、1、2年後の東京出張中に、現在のナノ・ユニバース渋谷店の近くで藤田にバッタリお会いし、お互いの近況を報告している中で、「名古屋に出店しないか?」と二度目の誘いをもらい、そこで「やってみましょう!」という形になりました。

岐阜、名古屋でショップを開いてきた経験から、その地域でのノウハウをもって、物件探しから求人、面接まで全て自分が関わり立ち上げました。

その頃になっても、裏原宿系のブランドは絶大な人気がありましたが、ナノ・ユニバースで扱う『SEC(セック)』というブランドの勢いがあり、ナノ・ユニバース名古屋店で扱っていたことや、地元ならではのプレス戦略とナノ・ユニバース渋谷店の人気から、初日の売上で380万ほど売れ、150人以上のお客様が並ぶという当りようでした。

この頃から、ナノ・ユニバースが更に注目されてきた時期です。

ショップの調子がいいさなか、状況的にはナノ・ユニバースが「裏原宿ブランドなのか?」、それとも「セレクトショップなのか?」という、どっちつかずの瀬戸際だったんです。

そこで、第4号店がイメージを決定づけるショップとして、現在の東京店のフラッグショップを出したことによって、ようやく5、6番目の「セレクトショップ」という位置に食い込めたのが、2003年のことです。

そこが大きな転換期となり、それまではメンズ商品しか扱ってなかったのを、レディース商品の取扱いをスタートし、今のナノ・ユニバースが出来上がった経緯があります。



 
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